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プロが解説!M&A(企業買収)における行動指針

M&Aのお役立ち情報

経済産業省は、2005年以来、M&Aの促進に取り組んできました。

2005年には「買収防衛指針」、2007年には「MBO(経営者が参加するM&A)」、2019年には「公正M&A指針」、2020年には「事業再編実務指針」、2023年は「対日M&A活用に関する事例集」を公表しています。

しかし、過去20年間でみると、日本企業のM&Aの件数は増えていますが、金額ベースでみると日本勢同士のM&Aは伸びていないということもあり、この度、日本におけるM&A市場を健全な形でさらに発展させていく目的で、2023年8月に「企業買収における行動指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けてー」が公表されました。

公表後、ニデック(旧日本電産)の工作機械メーカーTAKSAWAへの同意なきTOBで、早速この指針が活用されました。

そこで本コラムでは、今後のM&A市場で必要不可欠となるこの新指針について解説します。

Ⅰ. 新指針の策定経緯、位置づけ、対象

1.新指針策定の経緯

経済産業省は、2005年からM&Aに関する公正なルール形成を促すことで、M&Aを促進する目的で、M&Aに関する原則、視点、ベストプラクティスなどを整理し、指針、報告書を策定してきています。

この20年近くの間に、日本企業及び資本市場を取り巻く環境には様々な変化が生じてきています。M&Aと深く関係するコーポレートガバナンスについては、2つのコード(コーポレートガバナンスコードとスチュワードシップコード)が作成されました。

これを機会に海外投資家も日本市場に期待を寄せ、中長期的な企業価値や資本効率の向上への取り組みが進められてきていますが、PBR1倍以下の企業が上場会社約3300社のうち半分以上の約1,800社にも上っています。

このような潮流を踏まえ複雑化した経営課題を解決する戦略としてM&Aの活用が注目されており、新指針は望ましいM&Aを発展させ、促進する観点から作成されています。

 

2.新指針の意義と位置づけ

新指針は、上場会社の経営支配権を取得する買収を巡る当事者の行動の在り方を中心に、M&Aに関する公正なルール形成に向けて経済社会において共有されるべき原則論及びベストプラクテスが提示されています。

また、日本の法制度、裁判例、市場の状況に根差しつつ、東証プライム市場を中心に資本市場のグローバル化が進展していることから、国際的に活動する投資家も含む国内外のステークホルダーからの期待に応えることを通じて、日本において望ましいM&Aがより生じやすくするためにどうすればいいのかという観点から、公正なM&Aの在り方が示されています。

 

3.新指針の対象

この指針は買収者が上場会社の株式を取得することで経営権を取得する行為を主な対象としていますが、少数株式投資や経営権の取得か否か不明なM&Aも対象に含まれています。

特に「同意なきTOB」についても射程に入っており、そのM&Aの是非について買収者と対象会社の経営陣との間で対立が生じ得ることもあることから、この点を意識した検討も行われています。

 

Ⅱ.基本的視点

本指針では、上場会社の経営支配権を取得するM&A一般において尊重されるべき原則として以下の3つが提示されています。

第1原則:企業価値・株主共同の利益の原則
望ましいM&Aか否かは、企業価値ひいては株主共同の利益を確保し、又は向上させるかを基準に判断されるべき。

第2原則:株主意思の原則
経営支配権に関する事項については、株主の合理的な意思に依拠すべき。

第3原則:透明性の原則
株主の判断のために有益な情報が、買収者と対象会社から適切かつ積極的に提供されるべきである。そのためには、M&Aに関連する法令の遵守等を通じ、M&Aに関する透明性を確保すべき。

 

1.企業価値の向上と株主利益の確保

取締役会がM&Aに応じる方針を決定する場合は、対象会社の取締役が会社及びその株主の利益のために行動する、すなわち、会社の企業価値を向上させるか否かの観点からM&Aの是非を判断することに加えて、株主が享受すべき利益が確保される取引条件でM&Aが行われることを目指して合理的な努力が行われるべき、としています。

対象会社がこのような行動を行うにあたっては、経営陣の利益相反の問題への対応や、取引条件の改善の観点から社外取締役が重要な役割を果たします。

また、各案件における利益相反の程度、情報の非対称性の問題の程度、対象会社の状況や取引構造の状況等に応じて、特別委員会の設置や外部のアドバイザーの助言などの公正な手続きを講じる必要があるとされています。

 

2.株主意思の尊重と透明性の確保

M&Aにおける株主意思の尊重は、TOBへの応募等を通じて株主の判断を得る形で行われるものであり、そのために必要な情報や時間を確保する制度の枠組みが構築されるべきとしています。

買収者は、M&Aの公表に至るまでは対象会社に説明を行うとともに、公表後は公開買付届出書などへの適切な記載を通じて株主を含めた市場に対する説明責任を果たす必要があります。

また、対象会社の取締役会は、M&Aが企業価値の向上及び株主利益の確保に資すると考えるか、より望ましい方策がほかにあるかについて、自らの利害を離れて、自らの意見を株主に示すことが求められています。

 

Ⅲ.買収提案をめぐる取締役・取締役会の行動規範

1.買収提案を受領した場合

①取締役会への付議・報告

取締役は、経営権を取得する買収提案を受けた場合は、速やかに取締役会に付議または報告することが原則です。取締役会に付議すべきかどうかは、外形的・客観的に判断されるものであり、

  • 口頭の提案ではなく、提案書の形式を取っている
  • 匿名での打診ではなく買収者が特定されている
  • 買収価格、買収時期について記載がある

などの「具体性」を買収提案が有していることが重要な判断材料になります。

また、取締役会に付議するのか、報告に留めるかを判断するにあたっては、上記の買収提案の「具体性」の有無に加え、以下のような買収者の信用力も考慮します。

  • 買収者のトラックレコード
  • 資力の蓋然性

 

②取締役会における検討

付議された取締役会では、「真摯な買収提案」に対しては「真摯な検討」をすることが基本です。

「真摯な買収提案」かどうかは、①具体性、②目的の正当性、③目的に実現可能性の観点から判断します。

この「真摯な買収提案」該当性の検討に際して判断に迷う場合や、社外取締役のM&Aに関する専門性が不足する場合には、外部のアドバイザーの助言を受けることも検討すべきとしています。

「真摯な買収提案」が疑われる事項としては以下のとおりです。

  • 買収対価や取引の主要条件が具体的に明示されていない
  • 買収後の経営方針が示されていない
  • 買収提案を吊り上げる目的で行われる提案
  • 競合他社により情報収集等を行う目的で行われる提案
  • 買収資金の裏付けのない提案
  • 当局の許認可など買収実施の前提条件が得られる蓋然性が低く、客観的に見て実施に至ることが期待できない提案
  • 支配株主が保有する支配的持ち分を第三者に売却する意思がないことが判明している中における支配的持ち分の買収提案

 

「真摯な買収提案」であるとして、取締役会が「真摯な検討」を進める際には、買収者が提示する買収価格や企業価値向上策と現経営陣が経営する場合の企業価値向上策を、定量的な観点から十分に比較検討することが必要です。

さらに買収提案への対応や買収提案に応じるかどうかという判断の合理性について、事後的に説明責任を果たせるように行動すべきです。

多くのケースでは、買収価格は直前の株価よりも高いと考えられ、その場合に取締役会として買収提案に賛同しないときは、この点を踏まえた説明が事後的に必要となることも想定した比較検討が大事としています。

 

2.取締役会が買収に応じる方針を決定する場合の対応

①買収比率や買収対価による差異

取締役会が買収に応じる方針を決定する場合、特に、現金対価による株式100%買収する提案内容のケースでは、現株主が対象会社株式の投資から利益を得る最後の機会となるため、株主にとっては、株価の適正さが時に重要になります。

この場合、2段目のスクイーズアウトで同株価でのエグジット機会が保証されているケースでは、強圧性の問題は小さく、買収者が株主としてのリスクをすべて負ったうえで価値を高める自信のある経営方針を持っていると考えられるため、特に株価の交渉がポイントとなります。

一方、部分買収の提案である場合には、買収後も一部の現株主は少数株主として残るため、買収後の企業価値が中長期的に向上するかどうか、が全部買収の場合と比較して特に重要な判断軸となります。このため、買収後の企業価値向上策等に関する情報提供が重要となります。

また、買収対価の全部又は一部が株式である場合、売却に応じる株主は売却後も買収者(親会社など)の株式を保有することになるため、買収後の企業グループの価値が中長期的に向上するかどうかが重要な判断軸となりますので、その価値向上策や対価の妥当性等に関する情報入手が重要となり、説明責任が求められることになります。

 

②株主にとってできる限り有利な取引条件を目指した交渉

取締役・取締役会は、有利な取引条件でM&Aが行われることを目指して、以下のような交渉を行い、株主利益の確保を実現するための合理的な努力をすべきとしています。

  • 企業価値に見合った買収価格を引き上げる
  • 競合提案があることを利用して競合提案と同等程度の価格引き上げる
  • 部分買収による問題が大きい場合、全部買収への変更を提案する
  • 買収に関する事実を公表し、公表後に他の潜在的な買収者が対抗提案を行うことが可能な環境を構築する
  • 株主の利益に資する買収候補を探索する

 

3.公正性の担保-特別委員会の設置

株主の利益をより確保するため、特別委員会の設置や外部アドバイザーの助言を求めるなど公正な手続きの実施が肝要です。

特別委員会の設置は、個別の案件ごとに、利益相反の程度、社外取締役の人数、市場における説明の必要性の高さ等によって判断されますが、例えば、以下のような場合には設置が有用であると考えられています。

  • キャッシュ・アウトの提案であることから株価の適正さが株主にとってとりわけ重要な場合
  • 買収への対応方針・対抗措置を用いようとする場合
  • 複数の高地の提案がある場合など、市場における説明責任が高いと場合
  • MBOや支配株主による従属会社の買収

 

Ⅳ.買収に関する透明性の向上

1.買収者による情報開示・検討時間の提供

わが国では、買収意向を表明することについて厳格な規制は存在せず、公開買付開始公告に先立ち、公開買い付けの実施予定を公表する、いわゆる「TOBの予告」を行う事例が見られます。

このようなTOBの予告は、別の買収者の公開買付けに対抗し、自らの買収計画に対する賛同を得るために予定段階であっても公表する必要がある場合などに行われます。

TOBの予告をする場合には、資力、合理的な根拠、条件や開始時期など市場の判断に資する具体的な情報開示が求められています。

対象会社との交渉を経ずにTOBが開始される場合、対象会社の株主や取締役会にとって、買収に関する検討や準備の時間が不足することも考えられます。株主によるインフォームド・ジャッジメントの機会を確保するためにも、情報のみならず、対象会社の株主や取締役会に対して十分な時間が提供されることが重要とされています。

 

2.対象会社による情報開示

M&Aが実施される場合、対象会社は、金融商品取引所の適時開示規制による開示を遵守するにとどまらず、自主的に取締役会や特別委員会における検討経緯や、買収者との取引条件の交渉過程への関与条項に関し、充実した情報開示を行うことが必要とされています。

なお、検討中の段階で開示することは、さまざまな憶測を生じさせるとともに、それによる市場の反応じより買収は頓挫する可能性があるなど、マイナス面も大きいため、徹底して情報管理を行うか、情報開示するかについては、慎重に判断すべきです。

 

3.株主の意思決定を歪める行為の防止

株主が買収に対する判断を行う際には、必要な情報提供を受けたうえで、合理的な意思決定が阻害されない状況を確保することが重要です。

この観点から買収者は以下のような行為を行うべきではありません。

  • 強圧的二段階買収等強圧性を有する買収手法を行うこと
  • 不正確、誘導的な情報提供
  • 買収の意図を隠匿した買収行為
  • 合理的な根拠がないTOBの実施予告
  • 議決権行使や委任状の勧誘時に、金品や財物の交付 など

 

また、対象会社は以下のような行為を避けるべきです。

  • 不正確、株主を誤誘導するような情報開示
  • 対象会社の取引先株主への優越的な地位に乗じた働きかけ
  • 議決権行使や委任状の勧誘時に、金品や財物の交付 など

 

Ⅴ.買収への対応方針・対抗措置

現在、買収提案に対しては、公開買付制度等の法制度のみで対応するのではなく、案件に応じて対象会社が差別的な内容の新株予約権無償割当てを利用した対抗措置を定めている場合があります。

この買収への対応方針は、制度的な枠組みとは異なり、会社の発意で選択的に用いられ、その設計主体が会社であるという特徴があります。

このため、構造的に、経営を改善する余地が大きく買収の経済的意義が発揮されやすい企業において用いられるおそれや、買収を成立させない方向での設計・運用がなされるおそれが内在しています。

したがって、買収への対応方針については、以下の観点から検討することが重要です。

 

1.株主意思の尊重

対応方針の導入段階、対抗措置の発動段階で株主総会の承認を得ることは、株主の合理的な意思に依拠していることを示すために必要な措置です。

株主総会を経る場合においても、取締役会は、形式的に株主総会の判断にゆだねるのではなく、対抗措置の必要性や、公正性の確保等について慎重に検討し、十分な説明責任を果たすべきです。

 

2.必要性・相当性の確保

対応方針に基づく対抗措置の発動は、株主平等の原則、財産権の確保、経営陣の保身のための濫用防止等に配慮し、必要性かつ相当性の観点から検討する必要があります。

 

3.事前の開示

対応方法を平時に導入し、事前開示することによって、買収者も株主も事前の予見可能性を高めることができますが、導入企業は(望ましい買収も含めて)潜在的な買収候補から除外される可能性があり、経営への外部からの規律が弱まるという指摘もあります。

 

4.資本市場との対話

各企業の規模や状況によって、対応方針の要否や求められる方策は異なりうるため、中長期的な企業価値の向上の観点から、対象会社と機関投資家などの株主との間で建設的な対話がされることが本来望ましい姿です。

このような対話や情報開示をするに際しては、対象会社と機関投資家などの株主との目線合わせをするために、以下のような方策を検討する必要があります。 

  • 対抗措置の発動時に必ず株主総会に諮る設計とすること
  • 発動要件を限定した設計とすること
  • 特殊な状況下の時限的な措置として設計すること

 

Ⅵ.まとめ

企業価値の向上と株主の利益の確保に資するM&Aが活発に行われることは、日本企業の業界再編、新陳代謝の促進にとって必要不可欠な戦略です。新指針は公正で質の高いM&A市場の発展に寄与していくために重要な役割を果たします。

弊社では20年近く事業承継M&A、成長加速M&A、業界再編M&Aのサポートを行い、400社以上の成約実績があります。今後ともこのコラムで紹介しました新指針の精神を活かし、日本のM&A市場の健全な発展に寄与する所存です。

引き続き事業承継・M&Aの準備、M&A実行手続、M&Aに関する税金、M&A後の資産運用、相続税対策までワンストップで対応させていただきますのでまずは無料相談をお気軽にご利用ください。

 

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売り手経営者のM&Aによるメリット

Ⅰ.経営者個人のメリット

1. 創業者利潤の獲得
M&A(株式譲渡)による税金は約20%で、役員給与、賞与、贈与・相続による税率よりも大きなメリットがあります。手取現金を多く残したいということであれば、親族内承継よりもM&Aが一般的に有利です。

2.個人保証・担保の解除
買い手は一般的に売り手企業よりも規模が大きく、その分金融機関からの与信が大きくなります。したがってM&Aのタイミングで経営者の個人保証・担保は解除されます(借入金の一括返済または保証の引継ぎ)。親族内承継では、前の経営者の保証が解除されないケースや承継者に保証を新たに求めたり、新旧両経営者に保証が残るケースもあります。

Ⅱ.会社のメリット

1.グループ経営による財務、人材のバックアップ、ブランディングによる採用
大手企業のグループに統合することによりブランド力、信用力が向上し、金融機関から資金調達力、人材採用力、取引先との交渉力などが強化されるため、このグループ力を生かして業績が急上昇します。株式上場の夢も実現可能性が高くなります。

2.従業員の雇用継続とモチベーションの向上
中小企業は一般的にオーナー経営になっている場合が多いため、従業員の視点から処遇の改善、個人のやりがい(能力の向上、キャリアアップ)が見込めない状態になっている場合も少なくありません。グループ経営により、業績が向上し、個人経営から組織経営に脱皮し、個人のモチベーション、やりがい、生きがい、処遇などが確実に向上します。

 

本記事の執筆者

かえでファイナンシャルアドバイザリー株式会社_代表取締役_佐武伸

かえでファイナンシャルアドバイザリー株式会社
代表取締役
佐武 伸

 

兵庫県宝塚市出身。関西学院大学商学部卒。米国サンダーバード国際経営大学院卒(MBA)。
朝日監査法人(現あずさ監査法人)にて上場企業数十社の会計監査、システム監査、株式公開準備(IPO)プロジェクト等に参画。
その後、奥田公認会計士事務所で中堅・中小企業の国内・国外税務戦略立案、事業承継対策、IPO等の幅広いコンサルティング業務に従事。専門は、M&Aコンサルティング、企業評価、会計・税務コンサルティング。
2005年にかえでファイナンシャルアドバイザリー株式会社を設立、代表取締役に就任。
元中央大学ビジネススクール客員教授(M&A戦略)。

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