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M&Aにおけるオーナーへの寄り添い方3_佐野泰久

M&Aを成功に導くために必要な心構えについて、当社マネージャー、佐野泰久が日頃感じている思いの丈を熱く語るコラムです。オーナーの心の機微に寄り添う佐野泰久の全5回に渡るコラムをお楽しみください。

目次

観察する

前稿の通り、オーナー社長は自身のリスクの全てをかけ、事業を遂行し、投資や人事などの他人の人生も左右するような意思決定を行っている。それらの意思決定は、たとえ相談する相手があったとしても、最終的にはトップであるオーナー自らの判断によってなされる。トップというのは基本的に、静かに孤独に、意思決定を行う。

M&Aによって会社を売却(イグジット)するというのは、オーナー経営者にとっては我が子のような事業を手放すことであるから、最も孤独で負荷のかかる意思決定となる。したがって、一朝一夕で会社の売却を意思決定できるということなどはない。いちど「売却する」と意思決定したうえで我々アドバイザーに相談されたオーナー経営者が、上述の①~⑥の過程のなかで、売却意思を覆すということは、よくあることである。

筆者は本稿執筆時点で2年間、M&A業務に従事してるが(前職である財務アドバイザーサービスを含めると約10年)、2年の間に成約した案件は10件前後である一方で、オーナーの売却意思撤回により破談に至った案件は、30を軽く超える数である。

ある事案では、オーナー社長からひっきりなし相談の電話が鳴り、半年間つきっきりで毎日睡眠3時間(土日ももちろん関係無し)で対応し続けたが、最終的に「かえでには頼らない」と言われてしまった。また別の事案では、オーナー経営者が会社売却の意識を決定した後に買い手も見つかり、基本合意が締結されたが、最終契約の調印段階で事業の継続意欲を失ってしまい、イグジットではなく廃業を選択してしまうなど、「もったいない」と思うケースは多々ある。

そのような事案では、オーナー社長の心の変化を観察・捉えきれていないというのが筆者の経験則である。つまり、オーナーの意思・意向が変わる場合、前兆というべきものが必ず存在するため、我々アドバイザーはそうした前兆にこそ、細心の注意を払う必要がある。

こうした前兆として、第一に会社経営そのものの環境が変わるという点があげられる。会社の売却を決断する理由のひとつとして、オーナーが「自分以外の誰かに経営を任せたほうが、事業の継続性・従業員の雇用維持のためには望ましい」と判断するパターンがある。よくあるのは短・長期の構造不況にある業界の中小企業が売り手企業であり、買い手方が売上規模で10倍を超えるような準大手・大手企業となるようなケースである。そのようなケースでは、短期的な経営指標の良化(製造業であれば、翌年度や翌月の受注見込み額が上がる等)によって売却意思が変わるということが、よくある。したがって、M&Aアドバイザーが第一に観察すべき重要な事実は、オーナー社長と同様の目線にたった場合に、当然に重要と思われるような各種の経営指標である。具体的には、売上の先行指標となるようなKPI、退離職をする従業員の数、業界の景気動向、当該企業や関連業種の株価、金利や不動産価格等のマクロ経済環境などがある。M&Aアドバイザーであれば、過去の経営数値(PLやBS)だけでなく、将来の数値に反映されるような経営指標・先行指標を、オーナー社長との対話をするためにも、観察・捕捉し続ける必要がある。

また、各種の経営指標と並んで、オーナー自身の行動や言葉の変化に対し、観察を払う点も同様に重要である。先にも述べたように、オーナー社長が行う経営意思決定は、良い意味で朝礼暮改的であり、会社の売却も経営意思決定である以上、常に変更される可能性を含んでいる。そうしたオーナーの心の変化は多くの場合、言葉もしくは行動に表れるものである。典型的な例としては、「毎日のように相談の電話が来ていたが、ある日を境に先方は電話がこなくなり、こちらの電話への反応も悪い」や「それまでよく話していた、売却した後の事業の将来への関心が、突如として話題にしなくなる」等がある。こうした場合は、会社の売却自体を目の前にしてある種の戸惑いを感じ、売却について迷っているケースが多い。また、親族・一族で経営をされている場合は、家族にかかる変化(ご体調、婚姻関係等)も重要事項であり、なにか変わった点はないか、気を付けていなければならない。

以上のように、M&Aアドバイザーが経営者に寄り添って会社の売却を最後までやり遂げるには、様々な変化を見逃さない観察力が必須である。前稿で述べたような「オーナー社長への尊敬」に基づく観察力の有無が、アドバイザーの優劣を決める大きな要因となる。M&Aが人間同士のやりとりである以上、ハードスキル的な知識だけでは差別化は困難である。

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