②新興成長市場 vs. 成熟安定市場

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2015.7.8


海外企業の買収という戦略的枠組みの中で、東南アジアやインドのような新興成長市場を狙うべきか、
または、欧米諸国のような成熟安定市場を狙うべきかは、M&A戦略を策定するにあたり、一度悩まないとならない課題であります。
会社によっては、その会社の主要顧客企業がどの海外市場に力を入れて展開したいかによって、今後の動きが左右される会社も少なくありません。
例えば、昨日までにインド市場で同業他社の買収を検討していた会社が、顧客企業がメキシコに新工場を作ることが決まり、
メキシコに事業基盤を作るために、急遽、メキシコの同業他社の買収案件のサーチに舵を切った事例などもありました。

昨今の大きな傾向としては、東南アジアやインドなどのアジアの新興市場で成長を取り込むために買収を検討するケースであります。
これらのアジアの新興市場では、実質GDP成長率は約5%超で推移している国がほとんどで、業種や会社によっては、年率15%以上で売上を伸ばしている会社も珍しくありません。このような現地企業の高い成長率を日本企業がうまく取り込めるのであれば、長い間、国内市場でデフレを経験している日本企業にとっては、非常に魅力的な機会になります。一方、欧米先進諸国での買収ですが、市場がすでに成熟してしまっているため、多くの企業が日本企業同様、低成長をしているパターンがほとんどですが、アジア新興国の案件に比べて、そこそこ規模感のある案件が多く、低成長といえ、比較的に安定的に推移している会社が多いというのが魅力であるといえます。日本の買い手企業によっては、短期間で売上や利益を手っ取り早く増やして、何とか株主に成長をアピールしたいという会社もありますので、その時には成熟市場の案件が好まれることになります。新興国の案件サイズが比較的に小さい要因として、同じ規模の従業員数と製品の販売数量を有する新興成長市場の企業と先諸諸国の企業では、それぞれ人件費や物価の水準に大きな開きがあるため、どうしても新興国の会社の売上規模や案件サイズが小さくなってしまいがちです。

新興成長市場と成熟安定市場のうち、どちらを選択すべきかは、会社によってそれぞれ置かれている事業環境が違いますので、
リスクリターン・プロファイルの感応度はそれぞれ異なるのが普通ですが、成長率の高い新興市場では、想定しなければならないリスクも多様であるということをまず理解しておく必要があります。つまり、高いリターンが見込める案件というのは、潜在的なリスクも高いことの裏返しであることをまず理解する必要があります。ある特定の市場が拡大基調にある時には、市場の勢力図はまだきっちり固まってなく、新規参入もどんどん行われますので、いつ自社より優れた商品力や技術力または営業力をもった競合他社が参入してくるかはわかりません。また、国としてのリスク(いわゆるソブリンリスク)も成熟している先進諸国に比べて高く、案件検討時に考慮しなければならない項目でございます。1997年7月にタイを中心に始まった「アジア通貨危機」は記憶に新しく、その当時、多くのアジアの新興国で自国通貨の価値が大幅に下落をしたことがあります。仮に、買収代金を支払った後に、対象会社のある国のマクロ経済が発端で、買収をした直後に現地通貨が大幅に下がってしまった場合は、現地子会社の業績を日本の親会社に連結する際に、当初期待していた数字が見込めないことになります。また、為替要因だけではなく、リアルビジネスも当然、影響を受けるでしょう。

このような新興国特有のリスクは、案件検討時に株価との関連でどのように反映されるのでしょうか。
通常、対象会社の事業計画にあるFCF(フリー・キャッシュフロー)を現在価値に割り戻す時に、よくWACC(加重平均資本コスト)というディスカウントレートを適用して
DCF法での株式価値を求めますが、WACCというディスカウントレートは、様々な要素の組み合わせで計算されるのですが、新興国特有のリスク要因も反映される形になります。
例えば、下記はWACCの計算式になりますが、WACCを構成する負債コスト(rD)は、通常、対象会社の金利(%)を使用しますが、新興国のコーポレートファイナンスの金利水準は日本を含む先進諸国と比べると非常に高い水準にあります。例えば、ベトナムでは約10%前後、インドでは、12%を超える水準にあります。また、WACCの構成要素である株主資本コスト(rE)にはリスクフリーレートが含まれます。新興国ほど、リスクフリーレートが高くなりますので(インドの10年もの国債の利回りは約8%、ベトナムは約9%)、このようなリスク要因がWACCに反映されることになります。また、仮にこのような方法で求められたWACCが対象国のコーポレートファイナンスの平均的な金利水準を下回った場合は、異常値であるため(企業買収のリスクレートが、比較的にリスクプロファイルの低い銀行借入金利より低いのは異常)、WACCのリスクプレミアムにカントリリスクプレミアムを追加で足し込む必要が出てきたりします。

WACC=D/(D+E)×rD×(1-税率)+E/(D+E)×rE
D:有利子負債総額 E:時価総額 rD:負債コスト rE:株主資本コスト
負債コストrD = 支払利息 / [(期首有利子負債 + 期末有利子負債) / 2 ]
株主資本コストrE(通称、CAPM(Capital Asset Pricing Model 資本資産価格モデル)と呼ばれる) = リスクフリーレート + β×リスクプレミアム

一方で、欧米先進諸国のWACCは、上述した理由により、新興国に比べて、低いのが一般的です。また、DCF法におけるWACCの水準感だけではなく、マルチプル法におけるEV/ EBITDA倍率やEV/ Sales倍率も新興国の方が成熟市場の企業より高い傾向にあります。WACC同様、新興国企業における成長ポテンシャルが倍率にも表れています。

私どもが顧客に紹介した新興国案件のEV/ EBITDAやEV/ Salesの倍率など、バリュエーションが高いとよく顧客から言われることがありますが、日本と新興成長市場におけるGDP成長率、企業の成長率、国債の金利、銀行借入金利など、基本的に「市場」が異なることをまず、理解をして、受け入れる必要があり、これができなければ、新興国の案件は価格が高いと感じてしまい、折角よい案件が入ってきても、判断を誤る恐れがあります。


ジョシュ パク(パートナー)
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